こんばんは。ひかるです。
料理を科学的に勉強するにあたって書籍や論文(調理科学系)をよく読んでいます。勉強になった論文があったのでまとめます。
>>杉山寿美、三宅彩矢、多田美香、水尾和雅、都留理恵子(2011)「大根の加熱および保存過程がコラーゲン,グリセリド,塩化ナトリウムの浸透および硬さに及ぼす影響」
この論文は大根の加熱・保存方法による食味の変化を実験したものです。詳しくはリンク先を見ていただくとして、論文のポイントを集約します。
- サマリー
- 大根は加熱によって水分が失われ、その後保存過程で再び吸収する
- 動物性のうま味は大根内部まで浸透しない(表面にとどまる)
- 塩分は加熱・保存過程を経て内部まで浸透し、約8時間の保存で安定する
- 加熱温度が高く加熱時間が長いと表面部より内部の方が軟化する
- 70℃加熱は大根を硬くする、軟化には100℃で30分間加熱がよさそう
- 大根に味が染み込むスピードは軟化よりも遅い
CONTENTS
実験概要
実験は「ぶり大根」を想定。実験に使用した材料は次の通り。
- 大根(中心から立方体にカット)
- 煮汁(ぶりからコラーゲンと脂肪を溶出+塩)
加熱方法と保存方法を変え、大根の硬さと内部のコラーゲン・グリセリド(脂肪)・塩化ナトリウム(塩)の量を比較する実験です。
- 加熱時間:15分・30分・60分・90分
- 保存方法:冷蔵(5℃)・温蔵(65℃)
要するに、ぶり大根を家庭で作ったとして以下の疑問をクリアにしようとする実験です。
「大根が柔らかくするには?」
「大根によく味を染み込ませるには?」
「ぶり(他の食材)のうま味は大根に染み込むのか?」
大根といえば煮込み料理に頻繁に使われます。僕も牛すじ煮込み作ったり。
>>アクを一切取らなくてOK!簡単調理の圧力鍋「牛すじ煮込み」
大根は繊維質が多く生ではとても硬いわけですが、煮込む事でホロホロ柔らかく、味がしっかり染み込み、一緒に煮込む肉や魚のうま味が感じられるのが理想の状態、「美味しい」煮込み大根です。
さてどんな結果となったのでしょうか?
論文のポイント
上記実験結果をかいつまんで僕が勉強になったポイントをまとめます。詳しくはリンク先をご覧ください。
>>杉山寿美、三宅彩矢、多田美香、水尾和雅、都留理恵子(2011)「大根の加熱および保存過程がコラーゲン,グリセリド,塩化ナトリウムの浸透および硬さに及ぼす影響」
大根は加熱する事で「脱水」と「吸収」が行われる
棒グラフa) は左が「加熱時間」、右が「保存時間」の違いにおける大根の重量変化を示したものです。
まず棒グラフa) 左「加熱時間」でわかるのは、大根は加熱する事で重量が減少するという事です。加熱15分で生の状態の82%、加熱30分で78%となっています。しかしそれ以降加熱(60分・90分)しても大きな重量減少はしていません。
次に棒グラフa) 右「保存時間」について。90分加熱したものを煮汁ごと冷蔵、温蔵でそれぞれ8時間・24時間保存して比較した結果です。これからわかるのは、煮汁に浸けたまま大根を保存すると冷蔵・温蔵どちらでも大根の重量が増加するということです。
棒グラフb) は沸騰するまでの時間を遅くした緩慢加熱による「加熱時間」の重量変化を示しています。低温調理のようなイメージでしょうか。棒グラフa) 左と比べると、大根の重量減少が小さいことがわかります。
上記実験結果より、大根は加熱によって脱水し、加熱後に煮汁を吸収すると著者は結論づけています。また低温で加熱する場合、脱水量は少なくなります。これは肉を低温で加熱すると肉汁流出を防ぐことができることと同じことが大根でも起きています。トンテキや生姜焼きを作るのに弱火で十分、というやつです。
>>トンテキの焼き方のコツをまとめました 〜安い肉を劇的に美味しくしよう〜
魚や肉のうま味は大根内部まで染み込まない
食材から溶け出す「うま味」は煮込み料理を美味しくします。このうま味は大根に染み込むのか?この実験ではぶりのうま味を定量可能なコラーゲンとグリセリドを取り上げています。
まずはコラーゲンから。a) は大根全体のコラーゲン量を「加熱時間」「保存時間」ごとに示しており、b) は大根をさらに細かく「表面部」と「内部」に分けて加熱時間、保存時間でコラーゲン量を比較しています。
ここからわかるのは、加熱時はコラーゲンの浸透はわずかですが、保存すると冷蔵・温蔵ともに浸透し、特に24時間温蔵するとその浸透効果が顕著であることです。ただし、b) の通りコラーゲンの浸透は表面部に留まり、内部までは届いていません。
唯一効果のあった「24時間温蔵」で内部まで浸透しているのは、コラーゲンが65℃で低分子化することで大根の内部に入りやすくなっていためだと結論づけています。同様に鶏肉は65℃、牛肉は50℃の熱処理でコラーゲンが低分子化することを著者は以前に確認しているとのことです。
次にグリセリド。グラフを示しているのはコラーゲンと同じ。グリセリドも内部への浸透はなし。グリセリドは脂なので疎水性のため浸透しなかったのではないかと著者は推察しています。
よって、コラーゲンもグリセリドも加熱しても寝かせても大根内部へは浸透しにくいことがわかります。
加熱や寝かせる時間を経ると大根内部へ塩味が染み込む
塩化ナトリウム、塩分について。
グラフのa) b)はコラーゲンと同じ。c) は「緩慢加熱」について示してます。
ここからわかるのは加熱によって大根の表面部に塩分はしっかり浸透すること、その後は大根の表面部から内部へと浸透し表面部と内部との差が小さくなっていきます。僕の推察ですが塩分については「浸透圧」が作用したと考えます。
またc) では急速加熱に比べ緩慢加熱だと塩分の浸透が緩やかになるという面白い結果も出ています。
大根表面部よりも内部の方が柔らかくなる?
次は硬さ。大根を柔らかくするにはどうすればいいのか?
a) は急速加熱、b) は緩慢加熱時です。急速加熱では30分までは加熱による軟化が認められ、緩慢加熱では60分まで軟化が認められています。加熱方法で比較すると急速加熱のほうが柔らかくなったとのこと。
次は大根表面部と内部の硬さについて。面白い結果になっています。
- 緩慢加熱15分:表面部>内部(表面部の方が柔らかい)
- それ以外:表面部<内部(内部の方が柔らかい)
加熱調理は熱源に近い外側から内側へ向かって加熱が進みます。なぜ、温度が低いはずの内部の方が柔らかいのか?明らかにするために追加実験が以下です。
60・70・80・90・100℃と一定の温度で加熱した時(30分・60分)の硬さを比較。
ここからわかるのは、70℃加熱だと大根は硬くなること、80℃以上の加熱で大根は柔らかくなることです。さらに80℃以下の加熱時間30分60分、90℃で30分間加熱だと表面部が内部より柔らかくなります。
「表面部<内部」という追加実験の結果は先の実験結果と符合します。追加実験は(味付けされた)煮汁ではなく水中での加熱のため、このことから調味料が大根を硬くしてしまうというのが正しくないことを示しています。昔から「大根が煮える前に味付けすると大根は硬いまま」ということが言われていたのですが怪しくなってきました。
ではなぜ表面部の方が硬いか。著者は加熱によって表面部の繊維が収縮したためと推察しています。
まとめ
まとめると次のことがわかりました。
- 大根は加熱によって水分が失われ、その後保存過程で再び吸収する
- 動物性のうま味は大根内部まで浸透しない(表面にとどまる)
- 塩分は加熱・保存過程を経て内部まで浸透し、約8時間の保存で安定する
- 加熱温度が高く加熱時間が長いと表面部より内部の方が軟化する
- 70℃加熱は大根を硬くする、軟化には100℃で30分間加熱がよさそう
- 大根に味が染み込むスピードは軟化よりも遅い
これまで「温度の低下とともに味が食材内部へ染み込む」と考えていましたがこの結果を踏まえて修正が必要です。また著者は2と3の結果から、次のように考察しています。
味の感覚は呈味物質が味蕾に作用することで生じるため,保存過程において調味料が内部へ拡散することは,保存過程を経た煮物は加熱直後よりも味を薄く感じさせると考えられる。その結果として脂肪やコラーゲンの存在を強く感じさせることが推察され,保存の有無が煮物の味に影響を及ぼすことが示唆された。
出典:https://www.jstage.jst.go.jp/article/cookeryscience/44/1/44_64/_pdf
なるほど。「一晩寝かせたカレーはうまい」など煮込み料理は言われますが、確かに寝かせると角が取れて味が柔らかく複雑で深みのある味わいのように感じられます。その理由は「(内部に浸透することによる)味を薄く感じ」そのおかげで「(表面にとどまっていた)脂肪やコラーゲンの存在を感じられる」からだというのが納得できます。
やはり時間が経った方が味付けは染み込みやすいということのようです。
参考文献
>>杉山寿美、三宅彩矢、多田美香、水尾和雅、都留理恵子(2011)「大根の加熱および保存過程がコラーゲン,グリセリド,塩化ナトリウムの浸透および硬さに及ぼす影響」
ひかる
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